タイトルのようなことをしようとしたきっかけは、以下のnoteと墓場一夜氏の記事を読んでからですね。
・GitHubとWikimedia Commonsに画像を上げ始めた|RuinDig|note
https://note.com/ruindig/n/n93e9286c2d6a
・脱中央集権のためのデザイン: セレブのためのインターネットを99 %の手に取り戻す
https://web.archive.org/web/20180105170641/https://hakabahitoyo.wordpress.com/
インターネット上のどのようなサービスでのアカウントも基本的には削除が可能ですし、特に分散SNSでは簡単に削除できますよね。ややこしい手順を踏んだりせず簡単に削除できるような仕組みになっており、分散SNSの鯖はいくらでもあるので気軽に様々な鯖へアカウントを生やすことができれば削除することもできる。つまり、アカウントを削除したり生やすことへのハードルが物理的にも心理的にも低い。ゆえに仮に自らがfedi上に保有する全てのアカウントを削除してしまえば、fedi上での自らのオンラインアイデンティティは基本的には簡単に。そしてすぐに無くなります。あとは別の鯖でアカウントを新規に取得して名前を変えて活動する(いわゆる転生)、もしくはそのままfediから去るのかどうするのか、、そこはまぁ人それぞれですから横に置いておきましょう。
では、どうしてfediの人は自分のアカウントを削除してしまうかというと、それは人間関係から起因するところが多いように思います。人間のストレスの多くは人間関係から来ると言われています。日本のfediでは短文SNSが主流であり中央集権型SNSと比べてかなり気軽に発言ができる(このあたりは説明不要でしょう)ため、こういったSNSでは同時性・即時性による人との関わりの疲れや意思疎通の食い違い(ディスコミュニケーション)やフォーカルコンセンサスによる思い違いなどといった現象は、他の形態のSNSよりも発生しやすいと言えるでしょう。その他には思想や信条の衝突という難しいところから、小さな事から端を発したトラブル。自己実現の満たされなさや自己のアイデンティティ・心理的安全性の保全のためなど、様々な理由でアカウントは削除されます。もちろん私も人間関係に悩んで転生したりfediを去ることは全くもって「ゼロ」では無いですし、そもそもfediが永遠に存在する訳など無いわけですから、どのようなfediユーザーもいつかはアカウントを削除してfediを去ることになる運命なのです。
また現実世界で不測の事態が起きてアカウントが完全に止まる、もしくはアカウントがほとんど浮上しないということはいたって自然な事であり、一般的でしょう。そしてそういった事が起きたときの対策として、fediやオンライン上に残るデータ、特にブログ記事をどのようにしてそれらを掲載しているサービスだけでなく他のサービスにアーカイブとして残し、私のブログ記事のインターネットにおける保存性や伝承性をどのように高めようか。そういったことを念頭に、私はアカウントがあるBearBlogと分散型ブログサービスのPlume(今記事を書いているこのサイトですね)にある全てのブログ記事を以下の2つのリポジトリに収めました。
・Fediverse and Internet
https://github.com/4ioskd/FediverseAndInternet
・The New and Recommended Project aboutFediverse
https://github.com/4ioskd/The_New_and_Recommended_Project_about_Fediverse
※当たり前ですが私がアカウントを持っている2つのブログサイトもGithub自体も永遠なわけでは決して無いですし(2つのブログサイトについては長く続いてほしいと日頃から思ってますが)そもそもブログ記事のアーカイブ方法について、その答えは永遠にありません。
2つのリポジトリは共に「Github Archive Program」に参加しており、Githubが独自に設けたアーカイブプロジェクトだけでなく「新アレクサンドリア図書館」ことInternet Archive等にも自動的にアーカイブされます。アーカイブ方法としては他にIPFSやEPUBや電子書籍化もありますが、IPFSはホワイトペーパー読むのめんどくさいまた勉強してから考えようとは思っています。EPUBとか電子書籍化はまぁ、これぐらいの文量や内容ではねぇ?、ということで。ましてや現実の図書館への寄贈なんて恐れ多くて一ミリも考えていません。
あとは全ての記事のライセンスをCreative Commons Zero v1.0 Universal(CC0-1.0 License、つまりパブリックドメイン)にすることですかね。これは主にソフトウェアや特定のサービスのロゴやシンボルを広めたり、アートや写真を半永久的にどのように扱われてもヨシ!として、インターネット上の記録に残すというか永遠に漂わせるのが目的でしたらアレですけどね。まあ私が仮に死んだら、日本国における著作権の保護期間は現在のところは死後70年後までだそうですから、それ以後は私のブログ記事に対する著作権が消滅してパブリックドメイン化する訳ですね。それはまぁ、そうなったときでいいんじゃないですかね(そもそも死後70年後に私のブログ記事を見るような人って、いるわけない)。
単にアーカイブという目的もあるのですが、もう一つありまして。それは日本におけるfediverseという連合宇宙空間はその歴史の参照性が非常に低いので、私がこういったリポジトリを作ることで後の人が「あ〜当時こんなことあったんだねぇ〜」と何かの参考になればなぁ、とは思うのです。fediの歴史というのは日本はどちらかというと伝聞的要素が多いのですが、海外は重要なモノはその記録をその都度残して様々な方法で伝承しているように思います。中央集権的な機関がfedi内に無いにも関わらずです。
…それを最後に少し書こうとしましたが、またにしましょう。ネムシーなようです(えっ
また後日書こうと思います。
それでは、今日はここまでにしましょう。
(ちなみにこの記事も後日、Githubリポジトリにアーカイブされます)
Have a nice fedi life!
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